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最高裁判所第三小法廷 平成4年(オ)2051号 判決

上告人

曺美子

右訴訟代理人弁護士

出宮靖二郎

大槻和夫

被上告人

旧商号信用組合大阪興銀

信用組合関西興銀

右代表者代表理事

李勝載

右訴訟代理人弁護士

曽我乙彦

中澤洋央兒

安元義博

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人出宮靖二郎、同大槻和夫の上告理由について

一  原審の適法に認定した事実関係は、次のとおりである。

1  氏衛盛雄は、昭和六二年三月ころコンビニエンスストアーを開業し、同年九月五日被上告人と信用組合取引約定を締結した上、事業資金として証書貸付の方法で一〇〇〇万円を借り入れた(以下「本件証書貸付金」という)。

2  上告人は、昭和五七年に盛雄と協議離婚して以降、同人と音信を絶っていたが、たまたま盛雄の開店した店舗が上告人の住居に近かったこともあり、昭和六三年一月ころから、右店舗で仕入業務、在庫管理及び商品選定等の仕事に従事するようになった。

3  盛雄は昭和六三年二月、被上告人に対し、事業資金として八〇〇万円の追加融資を申し込んだところ、担当者から保証人と担保の追加を求められたため、上告人に懇願して保証人になることと担保提供の同意を得た。そして、上告人は同月二五日、盛雄と共に被上告人の支店に赴き、上告人と被上告人との間において、(1) 被上告人と盛雄との間の信用組合取引約定により盛雄が負担する現在及び将来の一切の債務を連帯保証する旨の条項を含む保証契約(以下「本件保証契約」という。)と、(2) 上告人が所有するマンションにつき、右信用組合取引約定により被上告人が取得する現在及び将来の一切の債権を被担保債権とし、極度額を一二〇〇万円とする根抵当権を設定する旨の契約(以下「本件根抵当権設定契約」という。)が締結された。なお、右極度額一二〇〇万円は、本件証書貸付金の残元金八五〇万円と被上告人が盛雄に新たに貸し付ける八〇〇万円の合計一六五〇万円から、盛雄の被上告人に対する合計五〇〇万円の定期預金債権を差し引いた額に見合うように定められたものである。

4  盛雄は、被上告人から八〇〇万円の融資を受け、昭和六三年四月一〇日ころこれを完済した後、同月一五日被上告人に対して更に一〇〇〇万円の融資を申し込み、同月二〇日前記取引約定に基づき手形貸付の方法によりその融資を受けた(以下、これを「本件手形貸付金」という。)が、翌月に事実上倒産し、行方不明となった。

5  被上告人は昭和六三年七月一五日、本件手形貸付金と盛雄の被上告人に対する合計五〇〇万円の定期預金債権(元金)とを対当額で相殺した。また、上告人が被上告人のために根抵当権を設定した前記マンションについては、昭和六三年五月二四日一番抵当権者の申立てにより競売手続が開始され、平成元年七月一七日二番抵当権者である被上告人も配当として極度額である一二〇〇万円の弁済金の交付を受けたが、なお二〇九万一六八三円の剰余金があった。

二  原審は、右事実に基づき、(1) 本件保証契約は、被上告人と盛雄との間の信用組合取引約定により盛雄が負担する現在及び将来の一切の債務を上告人が連帯保証する旨の条項を含むものであり、契約書上保証期間及び保証限度額の定めはない、(2) 上告人と被上告人との間で本件保証契約が締結された際、被上告人の担当者は上告人に対し、右保証は盛雄が新たに被上告人から融資を受ける八〇〇万円の支払のみを保証するものでなく、本件証書貸付金の残元金八五〇万円のほか盛雄が信用組合取引約定に基づいて将来被上告人に対して負担する債務を含めて連帯保証するものである旨を説明し、上告人はこれを十分に認識していた、(3) 上告人と被上告人との間では、本件保証契約と同時に極度額を一二〇〇万円とする本件根抵当権設定契約が締結され、右極度額は、本件証書貸付金の残元金八五〇万円と被上告人が盛雄に新たに貸し付ける八〇〇万円の合計一六五〇万円から、盛雄の被上告人に対する合計五〇〇万円の定期預金債権を差し引いた額に見合うように定められたものであるが、この一事をもって、本件保証契約における当事者の意思解釈として、右極度額と同額を保証限度額とする旨の定めがあったものと推認することはできず、上告人に主債務の全額につき責任を負わせることが信義則に照らして不合理であるとも認められないとした上、本件証書貸付金及び本件手形貸付金の残元金二七七万〇五〇〇円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める被上告人の請求を棄却した第一審判決を取り消して、右請求を認容した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  原審の前記認定事実によれば、本件根抵当権設定契約における極度額一二〇〇万円は、本件証書貸付金の残元金八五〇万円と被上告人が盛雄に新たに貸し付ける八〇〇万円の合計一六五〇万円から、盛雄の被上告人に対する合計五〇〇万円の定期預金債権を差し引いた額に見合うように定められたものであり、また、一番抵当権者の申立てに基づく前記マンションの競売手続においては、二番抵当権者である被上告人も配当として極度額である一二〇〇万円の弁済金の交付を受け、なお二〇九万一六八三円の剰余金があった、というのである。そうだとすると、右極度額は、信用組合取引約定により被上告人が盛雄と取引を継続することによって取得する債権が一七〇〇万円程度にとどまることを想定し、この金額から盛雄の被上告人に対する合計五〇〇万円の定期預金債権を差し引いた一二〇〇万円の範囲内において、前記マンションの担保価値を把握すれば足りるとして定められたものと解することができる。そして、前記のとおり、本件保証契約は本件根抵当権設定契約と同時に締結されたものであり、右各契約はいずれも信用組合取引約定により被上告人が盛雄に対して取得する債権の回収を確保するためのものであったところ、この事実と前記のような各契約の締結及び極度額設定の経緯を併せ考えれば、本件保証契約の文言上保証の限度額が明示されなかったとしても、客観的には、その限度額は本件根抵当権設定契約の極度額である一二〇〇万円と同額であると解するのが合理的であり、かつ、本件保証契約は、保証人の一般財産をも引当てにして、物的担保及び人的保証の両者又はそのいずれかから一二〇〇万円の範囲内の債権の回収を確保する趣旨で締結されたものと解するのが合理的である。したがって、本件においては、被上告人が根抵当権の実行によりその極度額相当の配当を受けた場合には、本件保証契約による上告人の保証債務は当然に消滅することとなる。

2  そうすると、右と異なる原判決は本件保証契約の趣旨の解釈を誤ったものであり、この違法は原判決の結論に影響することが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、被上告人が配当として根抵当権の極度額である一二〇〇万円の弁済金の交付を受けたことは前記のとおりであるから、これにより上告人の被上告人に対する本件保証契約による債務は消滅し、その履行を求める被上告人の請求は棄却されるべきものであって、これと結論を同じくする第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴は理由がなく、これを棄却すべきである。

四  よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人出宮靖二郎、同大槻和夫の上告理由

第一 原判決には、以下に述べる本件保証契約締結時の事実認定及びこれに基づく本件保証契約内容の判断部分において、理由不備、理由齟齬、経験則違反、採証法則違反、審理不尽の違法がある。

一 原判決は、

1 その八枚目裏二行目以下において、

「昭和六三年二月二五日、被控訴人(上告人)が訴外盛雄とともに控訴人(被上告人)の北支店(当時天六支店)を訪れて控訴人の担当者張本永次と面談した際、張本が、席上両名に対し包括根保証の意味についてひととおり説明したうえ、被控訴人に対し、訴外盛雄が控訴人との間の信用組合取引によって控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務について連帯保証(包括根保証)をする旨の条項を含む保証約定書に署名押印するよう求めたところ、訴外盛雄は、貸付額が八〇〇万円であるから保証も八〇〇万円の限定保証にしてほしいと要望したが、これに対し、張本は、前年九月の証書貸付一〇〇〇万円の残債務(元金)が八五〇万円残っていること及び訴外盛雄と控訴人との間の信用組合取引約定に基づく今後の取引もあることを説明して、これを拒絶し、八〇〇万円の追加融資の条件としてあくまで包括根保証を要求したので、被控訴人はやむなくこれに応じ右保証約定書に署名押印して本件保証をした」との事実を認定し、

2 この認定事実に基づいて、九枚目表二行目以下において、

「これによれば、被控訴人は、既に訴外盛雄が被控訴人から一〇〇〇万円の証書貸付を受けていてその残債務(元金)が八五〇万円あり、そのうえに八〇〇万円の追加融資を受けるものであり、これらの債務、及び訴外盛雄が控訴人との間の信用組合取引によって将来負担することあるべき債務を連帯保証するものであることを十分認識したうえで本件保証をしたものといわざるをえず、そして、右八〇〇万円の完済後に訴外盛雄が新たに控訴人から借り受けた一〇〇〇万円の手形貸付分も、保証人たる被控訴人が予測していた額ないしは当事者が予測すべき客観的に相当な額の範囲を出ないというべきであるから、被控訴人は、少なくとも、本訴請求にかかる証書貸付分の残債務及び手形貸付の一〇〇〇万円については、遅延損害金を含め全額について保証人としての責任を負うというべき」であると判示している。

二 右の原判決のいわんとするところは、要するに、本件保証契約締結に際して、被上告人担当者の張本が上告人に対し、本件保証債務の被担保債務には、①昭和六二年九月五日の証書貸付の残債務八五〇万円、②本件保証と同時に融資された八〇〇万円、③盛雄が将来負担することあるべき債務がいずれも含まれていることを、逐一、各取引について具体的な金額も挙げて懇切丁寧に説明し、右張本の説明の結果、上告人は、本件保証は限度額が少なくとも八五〇万円と八〇〇万円の合計額一六五〇万円に達するもので、上告人が同時に設定したとされる根抵当権の極度額一二〇〇万円を上回るものであり、更に、これに盛雄が将来負担することあるべき債務も加わることを、具体的な金額も含めて「十分認識」し、しかも、盛雄が本件保証のなされた昭和六三年二月二五日から僅か二ヵ月足らず後の四月二〇日に新たに一〇〇〇万円の追加融資を受けるような事態(このような事態は、本件の事実関係の下では、盛雄の事業が資金的に逼迫し、倒産間近であること、それ故、上告人には近い将来において過酷な保証責任が生ずることが予測されること以外の何物をも意味しないのであるが、このことをも含めて)も充分予測し、もしくは客観的に予測できる状況のもとで、「やむなく」本件保証に応じたということに帰着する。即ち、原判決によれば、上告人は本件保証に際して、最大限の場合には総額二六五〇万円にも及ぶ保証責任を負うことになることを、十分予測し、もしくは客観的に予測できる状況のもとで、本件保証に応じたということになる。

少なくとも、原判決の文章、論理構成からは、原判決の指示する客観的な意味内容は、右に述べたような意味以外にはとりようがなく、また、右のように理解しない限り、原判決が導き出した結論を支える論理構造は、根底から崩壊するに至るのである。

三 しかし、原判決がその認定事実の根拠として、その四枚目裏一行目以下で挙げるどの証拠を見ても、被上告人側が上告人に対して、原判決の認定した前記記載のような詳細な説明、説得を行ったという事実を裏付けるに足る証拠は見当たらない。

1 僅かに、証人張本の証言中に、「私は、包括根保証の意味を一とおり、二人の目の前で説明しました」(張本証人調書一六項)、「ただ、その時、盛雄からは、貸付額が八〇〇万円なので、保証額も八〇〇万円の限定保証にしてほしいというクレームがありましたが、その時の取引具合として残債務があり、また、今後の取引のこともいろいろ話して、二人とも包括根保証で納得してもらいました」(同証人調書一七項)との供述があり、原判決は、主として張本の証言のこの部分に基づいて、先に述べたような事実を認定したものと考えられる。

しかし、右張本の証言内容は、盛雄から八〇〇万円の限定保証にしてほしい旨の要望があったという点が多少とも具体的な内容になっているのみで、その他の部分は、残債務や予測されるべき将来債務の具体的金額についての説明を行ったという供述もなく、極めて抽象的、かつ、漠然とした供述に終始しているのであり、この張本の証言部分から原判決の行ったような事実認定を行う事は、飛躍以外の何物でもないと言わなければならない。

それ故に、第一審判決は、この点に関して、「被告が本件保証をするについては、訴外盛雄から原告側の融資担当者張本に対し、八〇〇万円の個別保証にしてもらいたいとの要望がなされたものの、それまでの残債務があったことから張本に右希望を聞き入れてはもらえず、そのため、被告は前記保証約定書を差し入れるにいたった」と判示するに止めており(第一審判決九枚目表四行目以下)、至極穏当な事実認定を行っているところ、原判決は、僅か三回の口頭弁論を行ったのみで(原審では新たな証拠調べは行われていない)、和解勧試を行うこともなく結審した上、この第一審判決の判示を、特段の理由を示すこともなしに前述の如き認定事実に殊更に改めて(原判決四枚目裏九行目以下)、卒然として第一審判決を破棄する挙に出たのである。

2 もっとも、証人張本は、他の箇所で、被告代理人からの質問に答える中で、保証契約締結時の盛雄とのやりとりの際に、残債務の金額を示したかもしれない旨の供述を行ってはいる(同証人調書五三項、五七項)。しかし、その供述内容といえば「その時は金額を提示したと思いますが、今はちょっと」(五三項)、「(被告代理人の「これだけの債務が残っているから、具体的な数字が出て、その数字から担保を付けてくれと言ったと思いますが」との質問に答えて)と思います。その数字を思い出してくれと言われても…」(五七項)というように甚だ曖昧な供述に終始しているのであり、到底原判決の判示したような事実認定を裏付けうるようなものではない。

3 右のような張本の証言に対し、上告人は、本件保証契約締結の際の経過について、「ここに住所と名前、はい判こということですぐ押しました」(被告本人調書一六項)、「ただ、ここに判を押せば全部終了すると説明を受けました」(同調書一七項)、と供述している。

また、訴外盛雄も、被告代理人の「八〇〇万円のお金を借りる時に、組合の担当者から一二〇〇万円の担保設定をしてくれ、と言われたような記憶はないですか」「あなたのほうがそれに対して八〇〇万円しか金借りないのに、なんで一二〇〇万円も担保つけないかんのや(とクレイムをつけたのではないか)」との質問に対して、「そういうことは一切ありません」(盛雄証人調書五丁表)と供述していて、張本に対して八〇〇万円の個別保証にしてほしいと要望したことも含めて、否定的な供述を行っているのである。

4 このような原判決の事実認定に反する上告人や盛雄の供述を、原判決はその六枚目裏一〇行目以下において「到底信用することができ」ないと強い口調で退けているが、このような証拠評価の具体的根拠を、その理由中でなんら示すところがない。

5 しかし、少し考えてみればわかるとおり、包括根保証は保証人となろうとする者にとって極めて過酷な責任を負わせる内容のものであるから、もし、本当に原判決の判示するような詳細な契約内容の説明が行われていれば、上告人は本件保証契約の締結を躊躇していたであろうということは、容易にみてとれるところである。だからこそ、包括根保証文言を含む保証約定書を差し入れさせようとする金融機関においては、保証契約締結に当たっては契約内容の説明に入ることを極力避けて、ただ署名だけを求める傾向(上告人の供述するような「ここに住所と氏名、はい判こ」というようなやりかた)に走りがちなのであり、また、このような実態があるからこそ、過去において、金融機関と保証人となろうとする者との間で、双方の保証限度に対する予測額の齟齬が生じて、包括根保証の責任制限の必要性が争われ、責任を制限する幾多の判例が出されて来たのである。もし、原判決が、被上告人は社会的地位のある金融機関であるから、当然、本件保証契約締結に際して、包括根保証の意味その他の懇切丁寧な説明を行っているであろう(反面、このような認識に反する上告人らの供述は「到底信用できない」)と考えて判示の如き事実認定を行ったのであるとすれば、それは金融実務の現場の真の実態についての認識を全く欠く、無知も甚だしいもので、著しく経験則に反したものであると言わなければならない。

6 以上述べたところから、原判決にはその結論部分と前提事実の認定に関して、理由不備、理由齟齬、経験則違反、採証法則違反、審理不尽の違法がある。

四 また原判決は、その判示するような懇切丁寧な説明と説得を被上告人担当者の張本が行った結果、上告人は本件包括根保証に応じたと判示するが、上告人が右張本の説明の結果、本件保証は原判決の判示するような過大な責任を負わされる内容のものであることを「十分認識」するに至ったにもかかわらず、なおかつ、上告人の求めに応じて、本件保証の署名に応じたことの動機については、「やむなく」応じたとするのみで、なんら説得力ある理由を付していない。

1 しかし、既に述べたように、もし被上告人から上告人に対して、原判決が判示するような懇切丁寧な説明が行われていれば、上告人は自らの責任が過酷なものであることを認識する結果、上告人にとっての特別な利害関係や身分関係等の動機がない限り、容易には本件保証の署名には応じていなかったであろうということは、見やすい道理である。しかるに、原判決の掲げるどの証拠や他の認定事実を見ても、上告人にこのような特別の利害関係や動機の存するという根拠は見いだしがたい。むしろ、その反対に、原判決の中の根拠や認定事実は、その至る所で、もし、上告人が真に原判決の認定するような説明を張本から受けていたならば、上告人は決して本件保証には応じなかったであろうということを、示しているのである。

2 即ち、原判決は、その四枚目表八行目以下において、主として第一審判決を引用する形で、

① 上告人は、訴外盛雄と昭和四九年に婚姻して二子を儲けたが、同五七年に訴外盛雄の女性関係が原因で協議離婚し、上告人は、美容部員として稼働しながら二子を引き取って養育していたこと(第一審判決七枚目表七行目以下)、

② 訴外盛雄は、離婚後数年間は上告人との音信を絶っていたが、たまたま当時の上告人の住居の近所に店舗を構えたことから、子との面接交渉等のため上告人方を訪問するようになり、昭和六二年一二月ころ、事業のため雇用していた女性従業員が退職して人手に困窮したため、その後任を上告人に依頼し、上告人は、同六三年一月ころから訴外盛雄の従業員となり、仕入業務、在庫管理及び商品選定等の仕事に従事するようになったこと(第一審判決七枚目裏八行目以下)、なお、上告人が訴外盛雄の事業の経理関係に携わっていたとは認められないこと(原判決八枚目裏一行目以下)、

③ 訴外盛雄は、同年三月に「セフティーライフ」の新規開業のチェーン店から一〇〇〇万円の支払を受ける目処があったため、上告人にその旨を説明して右借入れ(追加融資の八〇〇万円)の保証人になり担保物件を提供してくれるよう懇願し、上告人は、右新規開業者に電話で入金の事実を確認したうえ、これを承諾したこと(原判決四枚目裏一〇行目以下)、

以上の事実を認定している。

3 右原判決の認定した事実によれば、上告人は訴外盛雄とは約六年も前に離婚していて、本件当時は盛雄の一従業員に過ぎなかったのであり、それも本件保証のなされた約一カ月前から、多分に偶然の契機によって稼働を始めたにすぎない。また、上告人は盛雄の事業の経理事務にも携わっておらず、従って、盛雄の事業の詳細な経営状態や経理内容を知りうる立場にはなかったのであり(第一審判決一〇枚目裏一一行目以下)、かつ、上告人と盛雄が本件当時に、かっての夫婦もしくはこれに類する親密な関係が復活していたというような特別の事実が明らかにされている訳でもない。そして、盛雄が上告人に懇願したのは、包括根保証ではなくて八〇〇万円についての個別保証であり、これに対して上告人は、盛雄に近々確実な入金の予定があることを、自ら架電して確認を取った上で、初めて、右盛雄の懇願に応じたとされているのである。

4 このような事実関係のもとにある上告人が、被上告人会社の張本から、本件保証は責任限度額のない包括根保証で、既存の残債務八五〇万円と追加の八〇〇万円に加えて将来負担することあるべき債務をも保証する趣旨のものであるとの説明を受けて、これを「十分認識」した場合、一体いかなる動機・理由から「やむなく」署名に応じるというのであろうか。署名するはずがないのである。原判決の下した結論は、その理由中に掲げる認定事実と全くの齟齬を来していると言わなければならない。

5 よって、この点に関しても、原判決には理由不備、理由齟齬、審理不尽の違法がある。

第二 原判決には、以下に述べる、本件保証と同時になされた根抵当権の性質の事実認定及びこれに基づく判断の点において、理由不備、理由齟齬、審理不尽の違法があり、また、民法の根抵当権、保証に関する規定、判例に違背する違法があって、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 第一審判決は本件保証の責任限度額の認定にあたって、本件保証と同時に締結したとされる根抵当権の極度額一二〇〇万円をもって本件保証の責任限度額と認定している。

1 即ち、第一審判決は、その九枚目表四行目以下において、

「被告(上告人)が本件保証をするについては、訴外盛雄から原告(被上告人)側の融資担当者張本に対し、八〇〇万円の個別保証にしてもらいたいとの要望がなされたものの、それまでの残債務があったことから張本に右要望を聞き入れてはもらえず、そのため、被告は前記保証約定書を差し入れるにいたったが、右と同時に締結した根抵当権設定契約については、右張本が当時の訴外盛雄の担保預金額や残債務の額及び新規に融資する八〇〇万円や訴外盛雄に対する将来の与信見込額等を総合的に勘案し、極度額を一二〇〇万円と決定した」との事実を認定し、

2 この認定事実に基づいて、その一一枚目表九行目以下において、

「しかも、競売手続での売却価格からして、本件保証と同時に締結された根抵当権設定契約に際しても、担保物件の担保価値には余裕があったものと推認されるところ、それにもかかわらず、原告の融資担当者は被告から極度額を一二〇〇万円とする根抵当権の設定契約書を徴したものであって、右極度額は、融資担当者が訴外盛雄との取引経過等に鑑みて、残債務の額や他の担保との兼ね合いを考慮のうえ、将来における訴外盛雄に対する与信状況をも見越し、訴外盛雄の原告に対する債務を担保するに足りるものとして決定されたものであることは前記説示のとおりであり、金融機関としての原告の地位をも勘案すると、本件保証の範囲は、本件保証契約と同日に締結された根抵当権の極度額をもって被告の保証責任の限度(すなわち、いわゆる債権極度額)とするものであったと解するのが合理的であり、右保証責任については、原告が競売手続きにおいて一二〇〇万円の配当を受けたこと(この事実は当事者間に争いがない。)によって消滅したものというべきである。」と判示している。

二 右のような第一審判決に対して、原判決は、

1 その五枚目裏七行目以下において、先に第二項一1で述べた第一審判決の事実認定を改める形で(原判決四枚目裏九行目以下)、

「被控訴人は、被控訴人が昭和六三年一月に新田隆幸から三〇〇〇万円で購入した昭和五四年二月新築のマンション(専有部分及び敷地権)について、訴外盛雄との信用組合取引によって控訴人が同人に対して取得する債権を被担保債権として極度額一二〇〇万円の根抵当権を設定する旨の根抵当権設定契約証書に署名押印した。右極度額の一二〇〇万円という額は、張本が、右極度額及び当時訴外盛雄が控訴人に担保として提供していた前記合計五〇〇万円の定期預金債権の合計額と前年九月の証書貸付一〇〇〇万円の残債務(元金)八五〇万円及び追加融資分の八〇〇万円の合計額とが見合うように決定したものであった。」との事実を認定し、

2 右認定事実に基づいて、その九枚目裏二行目以下において、

「本件保証と同時に締結された被控訴人所有マンションについての根抵当権設定契約について、張本が、当該極度額及び当時訴外盛雄が控訴人に担保として提供していた前記合計五〇〇万円の定期預金債権の合計額と右証書貸付一〇〇〇万円の残債務(元金)八五〇万円及び追加融資分の八〇〇万円の合計額とが見合うように、その極度額を一二〇〇万円に決定したとの一事をもって、本件保証の意思解釈として右極度額と同額を保証責任の限度額とする旨の定め(黙示の合意)があったものと推認することはできず、また、被控訴人に主債務の全額につき責任を負わせることが信義則に照らして不合理であるとも認められない」と判示して、第一審判決の結論を覆している。

三 このように、原判決は第一審判決を覆して、本件保証と根抵当権との牽連性を殊更に切断する判断を下しているのであるが、その際、第一審判決の前記第二項一1の認定事実を、前記第二項二1の如き内容に殊更に改め(原判決四枚目裏九行目、同五枚目裏七行目以下)て、事実認定を行っている。この結果、第一審判決が「張本が…訴外盛雄に対する将来の与信見込額等を総合的に勘案し、極度額を一二〇〇万円と決定した」と認定した部分は、原判決では実質的に否定され、本件根抵当権はあたかも既存の残債務八五〇万円と追加融資分の八〇〇万円だけを担保する普通抵当権のごとき性格のものとみなされるに至っている。

そして、このように本件根抵当権の一二〇〇万円という極度額の定めは、既存債務八五〇万円と追加融資分八〇〇万円だけに見合うように定められたものであって、訴外盛雄が将来負担することあるべき債務まで念頭に置かれていたものではないから、前述のごとく、張本の懇切丁寧な説明によって、訴外盛雄が将来負担することあるべき債務まで保証の範囲内にあることが「十分認識」されて、保証人の予測額に含まれていることが明らかな本件保証とはその趣旨を異にするものであって、軽々しく同一視すべきものではなく、それゆえ、根抵当権の極度額を一二〇〇万円と決定したものであるとの一事をもって、本件保証契約の意思解釈として右極度額と同額を保証責任の限度額とする旨の定めがあったものと解することはできず、また、こう解しても信義則に反しない、というのが、原判決を支える論理構造である(少なくとも、原判決九枚目表二行目以下から同一〇枚目一〇行目までの文章は、このように理解しなければ、意味が通らない)。

四 しかし、このような本件根抵当権に対する原判決の把握は、民法の定める根抵当権の本質に全く反する不合理極まりないものであり、到底維持できるものではない。根抵当権は転々流動し変化する将来の債権を担保するところに、正にその固有の意義を有するものであり、根抵当権が設定される場合は、将来の与信をも念頭においてなされるものであることは、あまりにも当然のことだからである。

また、だからこそ、証人張本もその証言の中で、「それ以前の取引と以後の取引を含め、一二〇〇万円と言った」と述べて(同証人調書五六項)、本件根抵当権が将来の債務をも担保するものであることは、当然のこととして認めているのである。

五 このように、原判決が根抵当権の本質に殊更に目をつぶって、前記二1の如き認定を行うに至った証拠上の根拠は、証人張本がその証言中で「当時の残債務の額は、担保預金と担保物件一二〇〇万円と、残債務と新規の八〇〇万円が、だいたい見合うぐらいでした」(同証人調書一八項)と供述していることにもとづいたものであると思われる。

しかし、先に述べた根抵当権の本質、及び、同じ張本の調書五六項での供述に照らし合わせてみれば、張本がこの部分でいわんとしていることの真意は、被上告人が本件根抵当権設定当時において、今後の被上告人と訴外盛雄との取引に伴う債権額としては、当面、残債務と追加融資の合計額程度を予測しておけば十分であると考えていたこと、従って、新たに徴する担保枠としては、従来から有している担保預金をも勘案して、一二〇〇万円程度であれば十分であると認識していたということ、言い換えれば、被上告人は、本件根抵当権及び本件保証を徴した時点では、訴外盛雄に対して、その僅か二ヵ月足らず後の四月一五日頃に、新たに一〇〇〇万円の追加融資をしなければならないような事態(事情変更)は予測していなかったこと、以上のような意味合いで語られたものであることは明らかである。そうであれば、張本の証言のこの部分から導き出される結論は、第一審判決の如きもの以外にはあり得ないのであり、ここから、原判決のような事実認定と結論を導き出してくることは、飛躍、曲解以外の何物でもない。

六 また、本件根抵当権は、第一審判決及び原判決の認定した事実によれば、本件保証と同じ日時、同じ機会に、八〇〇万円の追加融資を受けるという同じ動機の下に締結されたものであり、またその法的性質においても、継続的担保として同一の性格を有するものである。だからこそ、第一審判決は本件保証と本件根抵当権を、同一の範囲の債権の担保を目的とする不可分一体のものとして捉えた上で、前記のような結論に達しているのであるところ、原判決は本件根抵当権と保証とのこのような実質的一体性に殊更に目をつぶって、両者を不自然に分離する誤りを犯している。

七 ところで、原判決は、本件根抵当権設定当時に、本件担保物件には極度額一二〇〇万円を越える担保価値があったとまでは言いがたい旨判示して(原判決九枚目裏一一行目以下)、あたかも、本件根抵当権の極度額が一二〇〇万円と定められたのは、主として担保物件の担保評価額に由来するものである(従って、本件根抵当権の極度額は、当時の被上告人の債権予測額とは関係なく定められたものであり、それだからこそ、別に包括根保証を徴したのだ)と判断しているかの如き説示を行っている。

そして、このような原判決の本件根抵当権極度額の定めに対する把握は、原審において控訴人(被上告人)代理人が、その準備書面において、「控訴人組合が乙第二号証の被控訴人所有物件に根抵当権を設定するについて、その極度額を一二〇〇万円と定めたのは、同物件の売却予想価格から先順位の抵当権の被担保債権額を控除した残額の七〇%相当額(金融機関一般の担保評価額)が一二〇〇万円であったから、極度額を一二〇〇万円にしただけのことであり、もし同物件の担保余力がもっと高額であれば、控訴人組合としても、右根抵当権設定当時既に訴外氏衛盛雄に対する訴状請求原因第三記載の一〇〇〇万円証書貸付金の残元本が八五〇万円存在し(甲第九号証御参照。)、更に八〇〇万円を追加融資する訳であるから、当然より高額の極度額を定めたであろうことは明らかである」(平成四年三月二五日付控訴人準備書面三丁裏一三行目以下)と主張しているのと、軌を一にしており、原判決は被上告人のこのような主張に引きずられて、右のような判示を行ったものであると考えられる。

しかし、このような原判決の、本件根抵当権の極度額の定め方に対する判断を証するに足りるものは、原判決の掲げるどの証拠をみても見当たらないばかりか、先に述べた証人張本の調書一八項に於ける供述、更にこれに基づく原判決の前記第二項二1(1)の認定事実とも矛盾、齟齬するものである。即ち、張本は当該箇所において、本件根抵当権の極度額は、担保預金と極度額一二〇〇万円の合計が、残債務と追加融資八〇〇万円に見合うように定めたこと、言い換えれば、根抵当権設定当時の担保枠としては、一二〇〇万円程度で十分であると考えて極度額を定めたものであることを、明確な形で証言しているのであって、本来はより高額に極度額を定めたかったが、担保余力がなかったから極度額を一二〇〇万円にしたなどとは、一言も言っていない。更に、張本は別の箇所でも、被告代理人の、一二〇〇万円という極度額の定めは、従来の残債務額等との兼ね合いで決められたものではないかとの趣旨の質問に対して、「と思います」(同人調書五七項)と、これを認める供述を行っているのである。

八 以上述べたいずれの点から見ても、原判決中の本件保証と根抵当権との関係に関する事実認定及び判断には、理由不備、理由齟齬、審理不尽の違法があり、かつ、民法の根抵当権、保証の規定に違背する違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第三 原判決は、本件保証の限度額の判断にあたって、以下に述べる点で、民法の信義則の規定(民法第一条第二項)、意思解釈に関する規定、判例に違背しており、この違法は判決に影響することが、明らかである。

一 本件のような包括根保証文言のある保証契約においては、保証人の責任が過酷にならないように、諸般の事情を考慮して、信義則もしくは合理的意思解釈の観点から、保証の範囲ないし限度額を制限すべき場合があることは、従来からの判例、学説において広く認められてきたところであり、原判決も、一般論としてはこの理を認めているところである(原判決八枚目表一行目以下)。

そして、この保証の範囲の限定にあたって考慮すべき事情としては、従来、判例・学説において、保証契約が締結されるに至った事情、主たる債務者と保証人との関係、債権者と主たる債務者との取引の態様及び取引経過、債権者または主債務者の属する取引業界の慣行、債権者または主債務者の地位・経営規模、保証契約後の事情変更など、諸般の事情を総合考慮して決するべきであると解されているところ、近時、継続的保証において保証人の責任を制限すべきか否かは、第一次的には、当該主債務額が、当初から、保証人において予測、あるいは、予測しえた額であるか否かによって決するべきであるとする見解があり(後藤勇「継続的保証における保証責任の限度」民事判例実務研究第二巻五八頁以下)、原判決は、主としてこの見解に依拠して本件の結論を導き出したものであると考えられる。

二 しかし、

1 まず、このような保証契約締結時の保証人の予測額を第一次的基準とする見解(以下、この見解を仮に予測基準説と呼ぶ)は、本来考慮されるべき多様な事情を捨象して、予測額という一つの基準に一元化する結果、事案毎の柔軟な解決を可能にする信義則の機能を弱め、更には、その形式的適用の結果、約定書に署名したことをもって保証人の予測可能性ありと擬制するような帰結をもたらしかねず、ひいては継続的保証において不当に保証人に過大な責任を負わせる危険性を有するものであって、そもそも解釈手法として不当なものであるといわなければならない。

2 また、仮に予測基準説に立つ場合には、当該保証契約締結時の時点において、保証人が予測すべき客観的に相当な額が果たしてどの程度のものであったと解するべきかの判断基準、判断手法如何が最も肝要なのであり、その場合の判断は、先に述べたような、保証契約が締結されるに至った事情、主たる債務者と保証人との関係、債権者と主たる債務者との取引態様及び取引の経過、債権者もしくは主たる債務者の属する取引業界の慣行、債権者もしくは主債務者の地位・経営規模など、全ての事情に照らし合わせてみて、その予測すべき客観的に相当な額を、信義則の観点から決するものでなければならない。なぜならば、右に述べたような諸事情を考慮することなしには、原判決の判示するところの「予測すべき客観的に相当な額」(原判決八枚目表六行目)を適正に認定することは、到底不可能なことだからである。

3 しかるに、原判決は、本件保証契約に関する諸事情、即ち、

① 上告人は、昭和五七年に訴外盛雄の女性関係が原因で協議離婚し、上告人は、美容部員として稼働しながら二子を引き取って養育していたこと

② 訴外盛雄は、離婚後数年間は上告人との音信を断っていたが、たまたま当時の上告人住居の近所に店舗を構えたことから、子との面接交渉等のため上告人方を訪問することになり、昭和六二年一二月ころ、雇用していた女性従業員が退職して人手に困窮したため、その後任を上告人に依頼し、上告人は、本件保証契約の約一ヵ月前の昭和六三年一月ころから訴外盛雄の従業員となり、仕入業務、在庫管理及び商品選定等の仕事に従事するようになったが、経理関係の事務に携わっていたことは認められず、訴外盛雄の事業の詳細な経営状態や経理内容を知りうる立場にはなかったこと

③ 昭和六三年二月に、訴外盛雄は、張本に事業資金として八〇〇万円の融資を申し込んだが、張本から保証人を立てることを要求されたため、上告人に対して、同年三月に新規開業店から一〇〇〇万円の入金があることを説明して、上告人に対して右八〇〇万円の借入の保証人となってくれるよう懇願し、上告人は右開業店に電話で入金の事実を確認のうえ、保証人になることを承諾したものであること

等の事情については、その認定事実中で触れるのみで、予測額の判断事情としては、実質的に何らの考慮を示すところがない。しかし、これらの事情が、例えば本件で上告人が保証をなすに至った動機・理由の認定などの点で、仮に予測基準説に立った場合でも、重要な意味を有する事情であることは、既に述べたところである。このように、原判決は考慮すべき事情を考慮しなかったという点で、信義則、意思解釈に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

4 また、予測基準説に立つ場合でも、保証の限度額は最低限、債権者が保証契約締結時に予測していた額を上回ることはできないことは、信義則上当然であり、前記予測基準説の論者もこの趣旨を認めている(後藤前掲九五頁注(11))。

そして、本件では、残債務の額と追加融資の額の合計額が、極度額と担保預金に見合うように、根抵当権の極度額を定めたという前述の張本の証言からみて、契約締結時の債権者の予測額(担保枠)は、根抵当権の極度額と同額の一二〇〇万円であったと解すべきことは、既に述べたとおりである(第二項五)。従って、この点からみても、第一審判決の判示は正当であり、反面、原判決は信義則、意思解釈に関する法令の解釈適用を誤った違法・不当なものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

三 更に、そもそも本件では、被上告人が訴外盛雄の一従業員に過ぎない上告人から包括根保証を徴していること自体、信義則に反する性格の行為であると言わなければならない。この点について、下級審判例ではあるが、大阪地裁昭和四九年二月一日判決(判例時報七四六号六八頁)は、会社の経理事務を担当する従業員が会社債務につき根保証した事例で、「かかる立場の従業員に対し企業の債務について保証を求めること自体(特別の事情がないかぎり)本来、従業員保護の立場に立てば、十分に合理的なものでなく、したがってかかる立場の従業員が企業の債務についてした保証の意思表示については(それは無効とはいえないにしても)、慎重にその範囲を解釈する必要がある」と判示している。従って、本件においても、右の事情は、信義則の観点から本件保証の限度額を決するにあたり、考慮すべき事情であるにもかかわらず、原判決はこの点についてもなんらの配慮も行っていない。

四 ところで、継続的保証の責任限度額を定めるにあたっては、債権者の属する業界の取引慣行をも考慮に入れて判断すべきであることは、既に述べたところであり、前述の予測基準説の論者もこのことは認めているところである(後藤前掲六四頁、九〇頁)。

1 そして、今日の金融実務においては、継続的保証を徴する場合は、限度保証を利用するのが通常であり、本件のような包括根保証は、その内容の過酷さへの考慮から、企業のオーナー的地位にあるような主債務者と実質的に同視できる者に対してのみ、限定的に利用されているのが実情である(鈴木禄弥他「セミナー・根保証」金融取引法大系第五巻四一九頁以下)。このような今日の金融取引の慣行に照らしてみれば、本件で、被上告人が、当時盛雄の一介の従業員で、盛雄の事業の詳細を知りうる地位になかった上告人から、包括根保証を徴していることは、既にそれ自体、上告人との関係で、信義則に反する行為であったといわなければならない。したがって、このような点も本件保証の範囲を決するにあたって、当然考慮しなければならない要素であると解されるところ、原判決はこの点に関しても、なんらの考慮も行っていない。

2 また、金融実務においては、本件のように根保証と根抵当権とを同時に設定する場合は、双方の限度額は同額で、かつ、累積式のもの(つまり、一方によって債権の弁済がなされれば、他方の限度額もその分だけ減少する)と定められるのが通常の取引慣行である(鈴木他前掲四三三頁以下)。従って、本件における根保証と根抵当権との関係についても、取引慣行を考慮し、これに沿った内容のものとして把握することが、信義則に合致した解釈態度である。この点についても、原判決は、殊更に両者の関係を切断する判断を示しており、不当な判断に終始している。

五 原判決の認定するところによれば、訴外盛雄は被上告人から、昭和六三年四月二〇日に、新たに手形貸付により一〇〇〇万円の融資を受けたとされており(原判決四枚目表一行目以下、及び、原判決が引用する第一審判決六枚目表二行目以下)、そして、原判決はこの四月二〇日付一〇〇〇万円の融資の残額についても、「予測すべき客観的に相当な額の範囲を出ない」として、上告人の保証責任を認めている。

1 しかし、本件保証当時、訴外盛雄の一従業員にすぎず、当初は八〇〇万円の融資の個別保証に同意していたに過ぎない上告人が、もし、本当に、保証契約締結時に、それから僅か二ヵ月後に、更に一〇〇〇万円もの追加融資の負担をも被ることが予測できていたとすれば、本件保証に応ずるような特別の理由や動機はないこと、従って、右のような原判決の判示が到底維持できないものであることは、既に述べたところである。

2 また、この原判決の認定する一〇〇〇万円の融資は、本件保証のなされた昭和六三年二月二五日から僅か二ヵ月足らず後になされたものであり、その額の大きさから見ても、また、盛雄がその約一ヵ月後に倒産して失踪している経過に照らしてみても、被上告人から見て、盛雄の事業が資金的に相当に逼迫し、盛雄の倒産も十分予測できることが、客観的に明らかな状況のもとで、盛雄の救済資金としてあえて融資されたものであると考えられる。

更に、この融資申込書(甲第一〇号証)には、連帯保証人として上告人名義の署名押印がなされているが、この上告人名義の署名押印は、原判決も第一審判決六枚目表四行目以下を引用する形で、訴外盛雄によって偽造されたものである旨を認めているところであり、また、証拠上、被上告人のほうから上告人に対して、本件融資が新たになされることを特に通知した形跡も見られない。従って、上告人はこの一〇〇〇万円の融資がなされた事実自体を知らされていなかったと考えられるものである。

3 このように、継続的保証が締結されている場合において、主債務者の資金繰りが悪化し、客観的に倒産も十分に予想されるような状態に至った場合、債権者としては、保証人の責任が徒に増大しないように、新規の取引を差し控え、もしくは、保証人に通知したり、新たな取引をする場合には逐一報告して了解を求めるなどして、保証人が保証契約の解約その他の責任拡大防止のための適当な措置をとれるための機会を与えるなどの信義則上の義務があると考えられるのであって、債権者が右義務を怠って、主債務者の営業状況を把握せずに漫然と取引を継続し、または、保証人への通知等の措置を取ることを怠っているときは、保証責任の範囲の認定にあたって、このことを事情として考慮して、保証人の責任を限定すべきものである(この点に関する従来の下級審判例として、大阪高裁昭和五四年八月一〇日判決(判例時報九四六号五九頁)、大阪地裁昭和五九年一二月一四日判決(判例時報一一六七号七三頁)、神戸地裁平成元年二月九日判決(判例時報一三一八号一一〇頁)がある)。しかるに、原判決は、この点に関しても、何らの考慮もおこなっていない。この点においても、原判決は民法の信義則、意思解釈の規定の解釈適用を誤り、また、同種事案に関する最高裁昭和四八年三月一日判決(金融法務事情六七九号三四頁)に違背するもので、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第四 結語

本件は、金融機関として社会通念に依拠した健全な取引慣行の維持発展に努めてしかるべき地位にある被上告人が、訴外盛雄とは約六年も前に離婚していて、本件当時は盛雄の一従業員にすぎず、しかも、本来は八〇〇万円の融資の個別保証の意思しかなかった上告人から、その法的無知に付け込んで、極度額一二〇〇万円の根抵当権に加えてさらに包括根保証文言のある保証約定書まで徴し、盛雄の資金繰りが悪化しても、上告人の責任が過酷にならないためのなんらの措置も講ぜずに漫然放置し、盛雄が倒産するや根抵当権の実行によって上告人から一二〇〇万円の回収を得たにもかかわらず、本件保証に基づいて更なる支払を要求してきたものであって、これが本件の本質である。しかるに、原判決はかかる本件の本質を一顧だにせずに、形式的かつ恣意的な意思解釈に基づき、違法かつ不当極まりない結論を下したものであって、これまで述べてきた理由不備、理由齟齬、経験則違反、採証法則違反、審理不尽、法令違背、判例違背により、到底是認できるものではない。

以上の次第で、原判決は破棄を免れない。

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